2010.01.03

『蝉しぐれ』

1月3日(日曜日)  
P1035406  蝉しぐれ/藤沢周平(文春文庫) 本編456頁
 年末、何気なく手にとって買ってみた、この季節には全く似つかわしくないタイトルの文庫本を小樽に持って行き、暇に任せて読んでました。

 藤沢周平は初体験です。味のある時代小説であるとか、司馬遼太郎とはこう違うが・・とか 書評などは様々な折りに目に耳にしていました。司馬遼と並列で評されるとなると、それがどんな評価だったとしても気になります(事実どんな評価だったか既に記憶になく・・)。

 ある一人の藩士の幼少時期から青年期までの波瀾万丈な物語。一貫した親孝行気質、ほのかな初恋、親友たちとの堅い絆、凄艶な美しさを湛えた未亡人への想い・・・等々 現代の物語に仕立てても通じるような一男子の成長過程を軸に物語りは退屈する間もなく展開し、後半に入ると一気に引き込まれるネタが伏線としてしっかりと序盤から仕込まれているのであります。

 艦首波動砲発射口にドリルミサイルを打ち込まれた宇宙戦艦ヤマトが、危機一髪となった形勢を一気に逆転し敵将ドメル将軍を追いつめた、あの劇的な山場にも似たスリリングなグルーブ感、とでもいいましょうか。なかなかいい例えが見つかりませんが、まあ、そんな感じのめっちゃドキドキした展開がぼくらを物語の中へ一気にいざないます。

 なおかつ、全編に折り目正しい武士の精神は宿り、主人公である文四郎の剣士としての成長描写では常に青く光る刃の如き澄んだ空気が流れています。
 その潔く清らかな武士の精神性。また、シンプルでありながらキメの細かい写実的自然描写は、正月の冷たく静まり返った朝に実に良くマッチングしていて、心身が快く引き締まる思いを伴いながら一気に読み進んで行きました。

 そう、冬の夜の静寂、夏は蝉しぐれ。牧歌的というのとは少し違う、しかし確かな郷愁が漂う折々の見事な自然描写は文四郎からにじみ出る「せつない想い」と共に物語りを上手く引き立て、自分がその世界に入ってしまった如くの錯覚を呼び起こすのです。
 
 偶然とはいえ、いい作者といい物語に出会うことができ、幸せな年明けとなりました。
 次は、これも藤沢代表作の一つと言われる「海鳴り(上・下)」で行ってみようかな。

 「堅牢無比で一分の隙も見いだせない青眼の構え」

これ、今年の目標にします。(ずいぶんとアバウトな・・・;;)

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2007.10.13

戊辰戦争殉難者追悼会

10月13日(土曜日)
 正確には「第16回 戊辰戦争東軍殉難者追悼会」という催しに参加してみた。渡島西地区・檜山南地区の8町連携活動の一環に位置づけられていることもあるし、個人的に幕末関係は少なからず興味があるし。

           * * *

Pa133196  朝から良く晴れた日で風も冷たくなってきており、とても気持ちが良い。
 午前中は遅く起き、9時過ぎから10キロばかりのRUN。この天気でこの気温なら、明日の大沼も上は長そで、下はロングのタイツ着用でOKと認識。まあ、お気楽ランだし、風邪でもひかないように気をつけなければ。

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 11時半には家を出て木古内町へ向かう。あまりの良い天気に、途中「サラキ岬」で降りて散歩。今日の追悼会 のテーマに深く繋がる「咸臨丸」の巨大模型を見ながら感慨に浸る。海岸まで降りて遠浅の海につかり、沖に沈むその船体を偲ぶ。

Pa133201Pa133204   追悼法要は最勝寺にて13時からはじまった。少し前に着いて、お堂の中に展示されるパネルを見ながら少しだけ幕末知識を蓄える。

 法要が始まると、まず驚いた。何と、雅楽に乗ってお坊さんたちが入場。あの、「ヒャ~ン」ってやつ。あれは神社だけのものという偏見があった自分は、お寺さんで聞くことに強い違和感があり、思わず柏手を打ちそうになった。

Pa133206  そして次の驚き。
 袈裟をお召しになった女性が、やおらマイクの前に現れ、カラオケに乗せて「千の風になって」を熱唱。音響もいいし、歌も歌唱力があり素晴らしく上手い。
 この歌は内容も良く、心うたれる素敵なものだが、追悼法要のショーアップのツールとして使うというのはどんなものだろう。お寺の中で、しかも法要でまさかこれを聞くとは思わなかった。歌自体にはそれなりに感動はしましたが・・・。

 その後、お焼香が始まる。読経の中、戊辰戦争東軍殉難者の子孫の方々から順番に。一般の参列者に混ざり、自分も焼香させていただいた。まったくの普通の服で行ったので結構違和感はあったが、他にも普段着のおじさんがいたりしたので、安心。

Pa133207  14時からは、記念講演「咸臨丸と戊辰戦争」。講師は作家であり幕末史家である合田道一氏。元北海道新聞社の記者だったという。この講演は聴き応えがあった。
 ネタばれになるが、かなりスタンダードになってきている見解とも思うので紹介してしまうと、咸臨丸がサラキ岬沖で座礁沈没したのは、暴風雨が原因Pa1332051 ではなく、良く晴れた日だったのに操舵担当の外国人がのんびりとしすぎて油断したためとの説の紹介があった。
 この事故では乗員乗客の401名全員が地元の漁民等に助けられ、死者は居ない。

 役人が、真実を後世に残すのはいかがなものかという判断から、座礁理由をねつ造して「嵐による」と記録したものだそうな。何とも今も昔も、役人のやることは情けないことばかり。。右写真は太平洋横断時の咸臨丸の想像図だが、このような状態での最後ではなかったという説はある意味衝撃的だ。
 ちなみに、この史実に関しては信憑性のある裏付け話しも紹介され、なるほどと納得した次第。

 15時を少し回ったくらいで講演会が終わり、今度は会場に参列している東軍殉難者の子孫の方々や、現代において幕末の物語を研究したり執筆したりしている方々から一言ずつのご挨拶タイム。
 これが圧巻だった。
Pa133208  司馬遼太郎の「峠」でも有名な越後長岡藩家老の河井継之助の曾孫さん(女性)、今年で100周忌となる榎本武揚の曾孫さん(左写真)、言わずと知れた新撰組副長土方歳三の兄の直系子孫の女性(きれい!)、永倉新八の子孫の男性などなど。皆さん、それぞれの思いや、エピソードなどを簡単にお話ししてくださった。同じ空間で、かの偉人達の血が流れる方々と同じ時間を共有できた。これはもう、それだけで歓喜。
 遠くは千葉や京都などからもいらしていた執筆関係者のご挨拶もそれぞれ興味深かった。とても良い企画だった、と最後には大満足して16時すぎ、帰路についたことであった。

          * * *

 一方では、プロ野球パ・リーグのクライマックスシリーズ。帰りの車中でラジオをつけると、何やらダルビッシュのピンチではありませんか!しかしすぐに脱したと思ったらゲームセット。第1戦、まずは勝利だ。
 何だかんだ言ってファイターズが勝つとやっぱり嬉しいなぁ(^^)
 HDDに録画したのであとでじっくり試合を見ることにしましょ。

          * * *

去年の10月12日 祝!ファイターズリーグ優勝!!

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2006.11.11

「21世紀に生きる君たちへ」

 夕方から民放生放送でやっていた「品格」討論番組を途中から見ていた。
 番組の終盤で、司馬遼太郎が書いた「21世紀に生きる君たちへ」という教材にまつわるエピソードを取り上げていた。
 小さな出版社が依頼したことから、司馬が一本の長編小説を書き上げるほどのエネルギーを費やしたというこの文章は小学校6年生向け国語の教科書に載せられた。しかし、出版社の知名度がなく、結局、一度も国内では教材として採用されなかったという。
 ところが、この文章を読んで感動したある一人の教師が、学校と保護者の了解をとり、この文章だけの授業を正規とは別枠の18時間で子供達に教えた。
 最後に子供達はこの特別授業の感想を書き、それを文集としてまとめ、司馬に送ったところ5日後に丁寧なお礼の書状が届いた。
 成長した当時の子供達への取材の様子では、その特別授業が彼らに与えた影響の大きさを物語っていたように見えた。

「優しさは本能ではない。だから訓練して身につけなければならない。」
この司馬教材のテーマともいえる核心部分。このテーマは彼の別の作品の中で読んだ。過去のこのBlogでも確か触れたような気がしている。彼の人生における一つの大きな核となるテーマだったと察する。

「優しさ」を「思いやり」に置き換えてもいい。まさにその通りだと思う。今、それを日々実感している。

「思いやり」という概念はよくわかる気もしているが、では、どうやって思いやりを伝えるか。これは実に難しいこと。社会の中では、人の価値観は千差万別である。片方に示す思いやりは他方には悪意にしか受け取られないこともある。
例えば。
「素晴らしく絶大なる整備効果がある。」とされて整備を続けてきた公共施設があるとしよう。確かにそのことには客観的に嘘偽りはない。しかし、一方では自然に与える影響があったり、先祖代々の土地を提供しなければならない羽目になったり、と必ずしも万人がオーライというわけにはいかない。ごく一部の方々は「公共の利益」の名の下に我慢を強いられるのかも知れない。

 これは端的なたとえ話だが、日々の社会生活の中でも、些細なところでこういった場面に出くわす。

「自分に厳しく、相手には優しく、それを日々訓練しなくてはならない」

 やはり訓練。数をこなし、よりベターな方向へ進むことができるよう自分を鍛えなくてはならない。
 まずは、日々、そういう気持ちを忘れずに過ごすことができれば いい。

          * * *

 先週末に引き続き、湯ノ川「ラーメンブギ」へ。もう一軒の「みそ」が売りの店「白樺山荘」。自由に食べられるたまごのサービスはいい。ラーメンもとても美味しい。ただ、先週の店のほうが上だった。シナリオとしては順序を逆にしていればもっと良かったが、まあこれは仕方がない。
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2005.11.17

今夜も寒いが・・

 去年の11月14日は、大河ドラマで「源さんが逝った」日。新撰組の、組織としての悪い面を我が職場に照らし、なかなか良いこと(?)を掘り下げて書いている。状況が1年経ってもほとんど変わらないのが悲しいが。

 11月15日は坂本龍馬の命日。別館(写真館)を楽天ブログで開設し運用を開始した。今日も札幌出張帰りのJRで読んだ文庫本は「司馬遼太郎が考えたこと」。司馬史観とよく言うが、司馬遼太郎の人生観というか、ものの見方は実に素直で、斜に構えたところがないのがいい。
 そして同じこの日の夜、母親がくも膜下出血で倒れたのだった。16日の朝一番で道南へ飛んで帰り、そこから急遽28日までの長期滞在となったのだ。
 平穏な日常が、いかに絶妙なバランスの上に乗ったもろいものであるか、思い知った日々でもあった。

 なんだかんだ言って、健康第一です。

 網走市内。今日は日中でも好天ながらしばれて氷が張っていたが、まとまった雪は平地にまだ降っていない。雪が大好きな世間の子供達には悪いが、除雪や暖気運転など余計な労力を使うことがないのでとても助かってはいる。

 1980年の11月17日、Beatleジョンの生前最後のアルバム『ダブル・ファンタジー』がイギリスで発売された。ということは、彼が永遠の場所に旅立つその日も淡々と間近に迫り来ているんだなあ、と自動的に連想してしまうのがつらい。このアルバムの最初の曲「Starting Over」や10曲目「Woman」などは絶品。

 そうそう、唐突ですが、函館の屋台村、「はこだて光の屋台 大門横町」のパンフ(pdfファイル)、地元PRのためにここにおいておきます。表示倍率を上げないと字が見えません。「パンフをダウンロード」  著作権の問題等でクレームが入ればすぐに撤去しますが・・。
 なんだかとりとめもなくなってきましたが、今日はこのへんで。

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2005.07.16

シリーズ「日本語の使い方」5

 今日の長距離RUN後の計量でついに60kgを切ったことが判明。十数年前にRUNを始めてからも恐らく50kg台まで落としたのは今回が初めてだ。絞りすぎてもスタミナが落ちる傾向があるので要注意。ビホロに向けてスタミナ調整は必須科目だ。もっとメシ食わねば・・。

     * * *

 ここ1年ほどの間に、巷では日本語の使い方に対する関心が高くなっているのか、関連本が出版されたりテレビ番組でもそれをテーマにしたものが放送されているらしい。これは見たことが無いのだが。
 新聞等の投稿欄でも主に中高年者からの「日本語の乱れ」に関する意見をしばしば目にすることが多くなった。

 「正しい日本語」を語ることがブームになっているのか、本当に危機感を持っている人たちが増えているのかはわからない。議論されること自体は悪いことではないので、これが一過性で終わらず、本当に正しく美しい日本語が普通に平均的に使われることになるまで絶えることなく継続してほしいものだ。

 自分の場合は、危機感をもっている、というほどのものではない。というとちょっと違うか。とにかく嫌悪感が先に立つのである。とりあえずどうでもいいから俺の前ではその言い回しはやめてくれ、という感じ。
 だから、一般的に「危機感」の対象となっているような言い回しでも、自分としてOKなら全然かまわない。極めて我が儘な日本語フリークなのだ。

 例えば、つい先般、文科省だかどこだかで行ったとしてメディアに載っていたが(良い例としてか悪い例としてかまでは深く読んでいなかった)、「微妙」は自分としては全然かまわないしむしろ曖昧さを表すとても便利な言葉として有効に活用させていただいている。
 対して 「ウザイ」は絶対駄目。生理的に受け付けない。嫌悪感を通り越して吐き気がしてくる。おそらく、だが、昨日の話題でも取り上げた「エラそうにする人」感の最上級が「ウザイ」の裏に隠れているという気がするからなのではないか、と自己分析してみるのだが。端的に表現すれば、「ウザイ」を使える者が仮にいるとすればそれは神様だけ、ということだ。お前ごときが人を(見下した)評価するに値する人生を生きているのか、ということである。
 
 ところが、日本語の使い方 で大きなジレンマが生じてしまった。
 以前も「シリーズ『日本語の使い方』2」等で何回か取り上げた「おられる誤用」。これをなんと尊敬する司馬遼太郎氏が普通に使っているのである。エッセイの中でしばしば出てくる。だからかどうか知らないが、「司馬遼太郎という人」を書いている和田宏氏も使用している。
 余談だが、意識してか無意識のうちなのか30年司馬遼太郎と付き合ったという和田氏の文体、文章の雰囲気が司馬氏のそれにそっくりなのには笑ってしまった。

 話しを戻す。そこで私はしばし固まってしまい、さあ、自分としてこれはどんなスタンスをとるべきか考え込んだ。司馬遼太郎はものの表現の仕方や言い回しには非常に繊細な神経を使ったかどうかは判らないが、とにかく一度書いた文章の添削・校正には色鉛筆を何色も使い、余白を埋め尽くすほど、という人だったという。
 文章や言葉の使い方というものにそれほどナーバスな人が、「おられる」を普通に使っている。これは自分にとっては大問題である。

 で、決断。
 この件は譲れない。
 弘法も筆の誤りということもある。魔が差したということも。司馬遼太郎がいかに偉大な師匠といえど、自分の中の「日本語用法」に関する物差しは変えることはできない。自分に嘘をついてもしかたがない。こと「おられる」に対するスタンスは。
 会社の人間が「おられる」を使ったときの嫌悪感は、司馬遼太郎がもし生きていて、直接、「そんなこと、どうでもええやろ」とおっしゃってくれたとしても多分、自分の中から消し去ることは出来ないのではないかと思うからである。
 まあ、これも病気と言えば病気なのかも知れない。

 「おる」、は謙譲。相手に対してへりくだることば。相手に対して「・・しておられる」は、自分の中では絶対にあり得ないのだ。司馬遼太郎を尊敬するしないとは、別の次元として考えたい。

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2005.07.15

司馬遼太郎 1

 わけあって司馬遼太郎に関する本を2冊 並行して読んでいる。
 「司馬遼太郎が考えたこと1」(エッセイ集・新潮文庫)と「司馬遼太郎という人」(和田宏著・文春新書)。
 前者は司馬遼太郎が書き残したエッセイを年代を追って整理・収録したエッセイ集の第1編。戦場から引き揚げ新聞記者の道を歩み始めてから直木賞を受賞する頃までをまとめている。
 後者は30年近く編集者として司馬遼太郎の担当だった和田氏が、司馬氏の折々の名(迷)文句を軸にその背景などを想起し紹介する形で司馬遼太郎の人となりをあたたかくつづったもの。

 気になったエピソード等を取り上げてここで論じはじめるときりがないが、司馬遼太郎は大好きな作家の一人。自分の息子にも「遼」の1字を頂いたくらい(あ、「太」もだった)。・・・ということもあり、これを機会に折に触れて語っていきたい。

 今回は、司馬氏の性質について。
 とにかく謙虚なひとだったという。自己顕示欲やナルシシズムとは全く縁がないような。和田氏曰く、生まれついてそんな人間はいるわけがないので、日々よほどの負荷を自分に課していたか、日常的にそいういう訓練をしていたのではないか、という。それだけに、一方ではエラそうにする人、尊大にする人には病的なまでに敏感に反応する人だったらしい。
 また、少年のような純粋な驚きの心を持ち、それが思索や創作の原動力となっているらしいということ。彼がよくみせる最上級の形容句「日本史上例を見ない・・・」や「世界史でも希な・・・」などは少年の驚きの残響だ、と和田氏は語っている。

 よく分かる気がする。自分と比較するのはおこがましいの極みだが、自己が謙虚である分、他人の尊大が気になるという気持ちの構造は理解できるような気もする。自分は決して謙虚ではないが、人の「尊大振る舞い」や「尊大言葉尻」には比較的敏感なほうだと思うから。
 「少年の驚き」については、自分は(和田氏が)そこが起源という司馬遼太郎のダイナミックでおおらかな文体が大好きなこともあり、さもありなん、というのが正直な感想。

 心根の基本路線は遠くないことがわかり、妙に親近感がわき嬉しくなった。かくなる上は私も今後謙虚トレーニングに勤しみ、もっともっと司馬遼太郎の心の世界に近づきたい、とまでは言わないが、そういう人だったということをふまえて、彼の作品に付き合っていきたいと思ったことであった。

 ※司馬遼太郎の「リョウ」の字、本当はしんにょうの点が2つなのだが、パソコンでは点1つのしんにょうの「遼」でしかでてこないので、大変失礼とは思いますが、便宜的に「遼」を使わせていただいています。

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2004.11.15

風邪がひどい

 期せずして連日幕末の話題となるが、今日は坂本龍馬の命日。司馬遼太郎の描く龍馬しか知らないが、坂本龍馬は永遠の憧れ。あんな風に生きてみたいと思う気持ちと、絶対に自分にはできないと思う気持ち。でもあれに近づきたいとは思っていて・・。小学生高学年から中学生ぐらいで司馬遼太郎の「龍馬がゆく」を読めば、きっと人生素敵な方向に向かっていく力になるのではないだろうか。
 
 風邪にやられた。はなみずが滝のように流れて止まらない。まずは控えめにのどからきて、だんだん鼻の方に炎症が広がるいつものパターンだ。早くに薬を飲んだが結局駄目だった。また1週間はこのはなみずに悩まされるかと思うとうんざり。

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