2019.10.25

OK も Yes も No も「大丈夫」

25日(金)OK も Yes も No も「大丈夫」
 英語では表せない。誰が発明したんだろう、この使い方。。。
 という内容、NHKラジオ「文芸選評 川柳 課題『変化』」で取り上げられていた、北海道の方の句です。
 個人的にも最初は違和感を覚えていましたが、最近ではふとした瞬間に自分でも使っていて。散髪屋で「別料金でヘッドスパ、いかがですか。」「いや、大丈夫です。」とか。
 確かに、使い方によっては「ダメです」とズバリ言われるよりは「大丈夫です」の方が柔らかい感じがしてダメージが少ないかも知れません。
 うまいこと考えたなあ、と思いますね。

 ・・・てな感じで、単なる日記ではなくもっとエッセー的な感じにしようと始めたこのBlogでしたが、最近ではただの日記に成り下がっていますね、、、と多くの読者からご指摘がありました(ウソ。自分で思ってるだけです)。

 本来、エッセー的に書く題材としては圧倒的に今の世の中とか、現政権のやり方とか、そういうところに切り込むのが書きやすく話題も多いのです。なんぼでも書ける気がします。
 しかし、社会的な立場上、だんだんそれができなくなってきている。それがとても嫌ではあるのです。書きたいことを何でも書きたい。どんどん書きたい。この国ではそれが許されているはず。でも、実際はそうではない。
 まさにそういうことに対するの自分の考えなども、本当はつらつらと書いていきたいのですが。 
 まったく、世知辛いです。

 写真↓は、この時期「湖池屋」のHPでネット販売している 今金町の男爵イモ(しんじゃが)をfeatしたポテトチップス。半ダース入りひと箱、職場で希望者を募っていたので乗っかり買ってみました。美味しいことは美味しいですが、1,250円/6袋 はちょっと高すぎるように感じますが、、、ま、地産地消・地域貢献と考えれば”大丈夫”な範囲というところでしょうか。Img_8694 Img_8693

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2019.09.16

八雲、9月のこと~遅い夏休み、台風15号、『太陽のメロディ』

9月16日 八雲、9月のこと~遅い夏休み~台風15号
ちょっと更新が滞っていたため、写真を見ながら振り返るシリーズ9月編。

~遅い夏休み、台風15号~ 
 9日~13日で休暇をとり、7、8日が当番だったため、9日(月)~16日(敬老の日)まで長い夏休みという計画を立てていました。
 ところが、あの台風15号が前週後半から千葉県エリアを直撃。ちょうど週末に向けて北海道へ接近ということで9日は出勤。北海道は結果的に大きな被害もなく、しかし千葉の被災状況は生半可なものではなく、大変なことになっていました。
 そんな状況で自分はセットしていた夏休みに突入。11日(水)、トピックとしては内閣改造。
 12日(木)暇を持て余し、かねてから実行機会をうかがっていた Youtubeアップ用の演奏録音を始めました。iXRというTASCAMのインターフェースをかませギターマイクをiPadに繋ぎ、まずはアコギトラックの録音をしました。Img_82721
 曲は『太陽のメロディー』。今井美樹とコブクロがきれいなハーモニーを聴かせ、間に布袋寅泰のギターが入るという、2010年の曲。
 13日(金)は少し用事ができて一日だけ八雲に戻り出勤。
 14日(土)中秋の名月。午前2時、八雲の維持業者、給水車と共に2名のオペレーターが青函フェリーで千葉へ向けて出発。災害復旧支援部隊です。埠頭に行き、その雄姿を見送りました。結果的には現地での支援活動は20日までの一週間、車両だけ残してオペ2名は帰還しました。本州の作業員の方が引き続き車両を操作し給水支援は続けるという前提でした。

 16日(月)にかけて『太陽のメロディー』を完成。メインボーカル、ハモリパート(これは女性パートで将来的には女性にお願いしたいところを暫定的に自分で担当)、それにエレキギターパートを被せ、エフェクターアプリとミキサーアプリで音色・ヴォリュームバランス調整しながらミックスダウン。

 「Youtubeリンク」
 

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2017.11.30

くっつきの “を”

11月30日(木曜日)
 我が国の政治家の国会答弁、会見、ぶら下がり取材、番組等でのコメントで話される言葉。
 最近特におかしい。どんどん酷くなっているように感じる。
 いわゆる「くっつきの“を”」の使い方だ。

 例えば昨日の菅官房長の会見、セリフの一部はこうだ。

『本日、午前3時18分ごろ、北朝鮮の西岸より弾道ミサイルが発射されました。
 ミサイルは日本海のわが国の排他的経済水域内に落下したと見られます。
 現時点におきまして、付近を航行する航空機や船舶への被害等の情報は確認
されておりません。』

 普通の日本語では
 「ミサイルが発射をされた。」という使い方はしない。
 「ミサイルが発射された。」である。
 「確認をされていない。」とは言わない。
 「確認されていない。」だ。
 
 この不必要な「を」の使い方、非常に多いのだ。それも何故か政治家だけだ。
 あ、国会答弁に立つ官僚もそうか。

 何で、余計なところに「を」をくっつけるのか。
 ネットで『をの使い方 変』とググっても全くヒットしなかった。
 おかしいことに気が付いていない国民はいないはずがないのだが。

 気になりだすとどんどん気になって仕方がない。
 言葉の納まりが悪く、落ち着かない。
 子供に聞かせたくない。

 即刻、辞めていただけないだろうか。。。

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2017.11.07

最近のちょっとした違和感

11月7日(火曜日)
 ところで、大して重たい問題でもないのだが2件ほど、個人的にちょっと気になること。

(1)名刺の渡され方
 人と対峙するっていうのは、なんだかんだ言って色々な意味で「阿吽の呼吸」が大事だと考えている。それは名刺交換のシチュエーションでもあてはまっていて。自然にお互いの右手で自分の名刺を差し出し、左手でいただく。
 差し出す手といただく手は、短い時間の中でゆるやかに自然に接近し、お互いに適切なタイミングのもと名刺は阿吽の呼吸で受け渡される。
 ところが。
 ここ何年かで出てきた現象なのだが、渡してくる側、つまりは相手の右手がこちらの受け手に不自然に急激に近づきこちらの手の中に押し込めるような動作をしてきやがる。
 自然な感じをイメージしているこちらは、変なクイックモーションに一瞬驚き、その途端あたかもミットに吸い込まれる高速カーブの如くこちらの受け手に突っ込んでくる名刺を慌てて握ることとなる。
 少しオーバーに表現すれば、強引に自分の名刺をねじ込んでくる感じだ。

 以前はこんなモーションはなかった。確かに、なかった。何故、最近になってこんな余計な動きをする方々が出てきたのか。実に不思議なのである。
 その行動に、彼のスタンスが全て凝縮されている、つまりはニコニコしていても実は相当押しの強いヤツなんだな、と想われても仕方ないのではないか。
 名刺の受け渡し。自然な感じのまま、落ち着きたいものである。

(2)「〇〇だなあ・・・と。」
 普遍的な言葉遣いをしないと、あとで振り返ったとき、例えば書いた文章を読む、録音した言葉を聞く、録画された自分を見る、そうしたとき、この上もない恥ずかしさを禁じ得ない自分をあらためて認識することになる。そのとき、我々は顔から火が出ると共に、穴が無くてもすぐにでも掘って入りたいほどの思いに駆られるだろう。

 言葉は生きている、として、はやり言葉も馴染めば文化、市民権を得て広辞苑等に新たに載ったりもする。しかし、どう考えてもそれは違うだろう、というケースも少なくない。
 そんな違和感を覚える言葉や言い回しの“流行”に対する思いを、「日本語の使い方」カテゴリー付けしてこのBlogの比較的初期の頃から綴っていたが、最近はなかったので久々のことだ。

 何故だ。最近、物事に対する考えを他人に説明する場面で、「○○だなあ・・・と考えるわけです」とか「○○だなあ・・・と彼は言っているのです」という口語文章の語尾の冗長な使い方が耳につく。つきませんか?
 これもここ近年のこと。以前はそんなことはなかったはず。
 研究者の講演会や、対外的な打ち合わせの中でも、老いも若きも「だなあ・・」を口にするのがやけに耳につく。
 「○○だ」ではなく「だなあ」なのだ。しかも低く抑えるのではく、あえて強調しているようにさえ聞こえる。

 なんじゃこりゃ。この風潮。何でこんな言い回しが流行するのか、まったくもって不思議なのである。かっこ悪いから、というより日本語の使い方として美しくないから、「是非やめたい日本語」の一つにエントリーさせていただきたい。

Aoitorisoundtrack

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2017.01.26

或るおじさん第2弾

1月26日(木曜日)
 朝、民放テレビのテンションの高さが肌にヒリヒリ痛いです。
 NHK、え?今何て言った?ボリュームあげなきゃ・・・ ってくらいが丁度いい今日この頃。

 そういえば、最近、ネットなどで見かけるんですが、
 「?(クエスチョン)」マークを発音記号として使用している新しい試みが流行しとるんかいな。

 「○○ですよ?」って。これ、疑問文じゃないんだよね。
 「○○ですよ(上がり調子)」って。口語の発音の仕方を、文語では今まで疑問符として用いてきた「?」マークで表現してる。

 確かに、疑問文は最後上がり調子で発音するから、「?」は上がり調子っていうイメージはあるんだけど、非疑問文の口語の後ろに「?」書いて上がり調子の発音を表現するとは、敵も考えたものです。 
 
 久々にカテゴリ 「日本語の使い方」 にエントリーだな。

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2016.06.21

『確信犯』

6月21日(火曜日) 夏至
 本日の道新(どうしんウェブ)記事見出しから。
 <帯広2警官逮捕>車で酒席へ「確信犯」 飲酒、河原で2時間/カラオケ3時間
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/society/society/1-0284039.html

Photo
 今日は「確信犯」という言葉の意味について。(真面目かっ!!)

 実はかつて自分も今回の道新の使い方で「確信犯」、使っていました。
 いわゆる、 「悪いことだと知っていながら行われた犯罪や行為」の意味で使っていたわけです。

 しかしある時、本か何かでその使い方は誤用と知り、気を付けるようにしてきました。「確信犯」の本来の意味は
 「ある信念に基づき、本人が“悪いことでないと確信して”なされる犯罪など」。

 意味としては自分の使い方とまるきり反対のイメージが正解だったのです。

 今回、道新で大々的に使われたものだから、あれ?こんなメジャーな報道媒体が公然と誤用していいの?
 と思い、あらためてネットで調べてみたら、何となく 今ではその使い方でもいい というような雰囲気で書いてありました。

 下記 {補説} にあるように平成14年度の「国語世論調査」で半数以上が“誤用”の方で用いる と回答しているのだそう。
 昨今は、「言葉は生きている」として、本来は誤用であっても社会的に幅を利かせてきた場合、それを国が関与する機関などが公式に認めてしまうという風潮があります。

 下記のサイトでも「正しいこととなった」までは言っていませんが、暗に「もはや市民権を得ている」という論調にも見えます。

 何となく、今回の道新の使い方でも「間違い」とは言えないような感じです。

以下、「goo辞書」から
 
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/38874/meaning/m0u/

1 道徳的、宗教的または政治的信念に基づき、本人が悪いことでないと確信してなされる犯罪。思想犯・政治犯・国事犯など。

2 《1から転じて》悪いことだとわかっていながら行われた犯罪や行為。また、その行為を行った人。 「違法コピーを行っている大多数の利用者が―だといえる」

 [補説]
「時間を聞きちがえて遅れたと言っているが、あれは確信犯だよね」などのように、犯罪ほど重大な行為でない場合にも用いる。
2の意はもともと誤用とされていたが、文化庁が発表した平成14年度「国語に関する世論調査」では、1の意で用いると回答した人は16.4パーセント、2の意で用いると回答した人は57.6パーセントという結果が出た。

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2015.04.19

伊達ハーフ&春バル街

4月19日(日曜日)
 5時に出発。
 晴れた朝、気持ちいい。

 休みながらゆっくり走っても8時前には伊達到着。
 8時に受付、9時までのんびりしていてもスタートまでさらに1時間ある。
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 この冬は最大空いて3週間、大体週一で走ってはいた。
 筋肉の衰えはそれほど極端ではないが、練習不足は否めない。
 特にハーフのスピードはほぼ無理と考えられた。
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 ハーフのスピードとは、自分的には1時間30分台。
 これは無理。とすれば、最後尾からゆっくり走り出し、身体の調子に任せて徐々に上げていくやりかたがベターだろう。

 気持ちよさ優先。脚と消化器にダメージを残さない。
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 その結果、1時間41分。
 スタートまで1分43秒費やしているから、ネットでは1時間40分は切ったようだ。
 思ったより衰えていなかった。
 まだまだ、行けるじゃん。
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 去年、前のが壊れたとき新調したスポーツウォッチの使い方がうまく解らずラップ取りに失敗したが、iPhoneアプリのrunKeeperで記録したからまあいいとして。

 最後5キロほどは正直息も上がったが、なにしろ天気も良く、とても良い感じで走れたのは収穫だった。

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 トイレの洗面所で首から上だけ水浴びし、14時過ぎに出発、2回ほどコンビニ駐車場などで仮眠をとり、18時頃に家に到着。

 バスでは遅くなりそうだったため、長寿庵前からタクシーで末広町電停まで。

 ここから後、バル街参加の実況はfacebookでの報告に譲るとして、 22時半に5軒目が終わるまで、バル街を十分に堪能。
 23時17分函館駅発のJRで七重浜駅へ帰った。

 忙しくも充実した日曜日。 

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2014.04.30

妥協して楽になること

4月30日(水曜日)
 「各位」に「様」を付けるところまでは許してはいないが、大同小異ながら、役職に重ねて「様」を付けることを最近、自分に許容し 不本意ながら精神的にやや楽になった。

 ただし部内宛てメール限定。

 メールの書き出しの話。

 例えば、

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 営業第3課 小林課長 様

 経理2課の小保方です。いつも大変お世話になっております。
 早速ですが、先日の件について課内で検討させていただき・・・

========

 というあんばい。
 日本語としてそれが正しくないことは百も承知。

 しかし、
 営業3課長 小林 様 (←これまでの書き方)

 と書くよりも、何故か気が楽。

 周りがあまりにもそれ式で通っているからなのか、自分でもよくわからない。
 こだわる事に疲れたからというわけでもないのだろうが・・・。  

 自分の中の「日本語の使い方」価値観、それをしっかり守ることの優先順位が 他にこだわるべきことの重要性と比較して低下してきているようだ。

 別に、いいんじゃない?  ほかに大事なこといっぱいあるっしょ。

 という感じ。

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2013.01.23

糸井まさかの移籍・・

1月23日(水曜日) 
 色々あるのだろうけど、これにはいささか驚いた。
 俺に一言も無くオリックスに行ってしまうとは・・。

 最近、「大人の事情」って言葉が何となく流行っているように見えるのは気のせいか。

 都合良く使ってるが、何を今更。
 自分はこの日記で「本音と建前」ということでもう7年も前に書いてるし。

 美しくない日本語はキライだ。

          * * *

 何百回も書いたが、まだ流行が去ってくれないのが、「なので、」で始まるセンテンス。
 NHKばかりでなく、民放アナだってニュース原稿では絶対使わないっしょ。「なので、」で始まる文章。
 
 ところが、ニュースでなくトークなんかの司会などではNHKでも出てくるんだなこれが。
 「いるか」のパーソナリティもニュース原稿にはないが、その後の自分の言葉としてのコメントなんかだと普通に出てくる。
 公共の電波に乗せてほしくない、美しくない日本語の一つだっちゅーの。

 先日、現場見学(だったかな?)の小学生達の感想文が回覧で回ってきて、一人の男の子が、
 「・・・でした。なので僕は・・・」
という書き方をしていて、あらためて驚いた。やはりまだいるのか、こういう子。名前を見ると、偶然、それはうちの職場の職員のお子様だった。
 そんな文法はあり得ないから今後のために子供に言っておけ、と親に注意してやろうかとも思ったが、さすがにそこはやめといた。

 ま、普通の会話で出てくる分には最近はもう妥協しているが、文章でそういうのを目にするとやはり「超」引っ掛かる。
 とりあえず、影響力も考え、電波に乗せるのだけは早々にやめてほしい。

          * * *

去年の1月23日 2012達郎Live@函館、Get! 
去年の1月22日 ワックスキャンドルⅢ 
去年の1月21日 五稜郭キャンドル作りⅡ

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2012.05.09

うん、とってもいい気分だよ

5月9日(水曜日) 
「はい、とても嬉しいです」と、彼はきっと丁寧に応えているのに、何故
 「うん、とってもいい気分だよ」
という訳のスーパーを出すのだNHK。

 外国人インタビューへの回答、訳のセンス。この『くだけた感』をあえて醸し出そうとするセンスはいったい誰のものなのだろう。 

 かつて一世を風靡した
「UFOを発見した田舎のおじさん(外国人)へのインタビュー訳」
 のセンスを引きずっているとしか思えない。

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