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2018.08.15

Performance 2018/TatsuroYamashita

8月15日(水曜日)~8月16日(木曜日)
(ややネタバレ注意)

終戦の日、正午の黙祷。
ここ数日前から、生死観とか輪廻転生とか触れる機会が多かったのは何故なんだろう。
小学~中学同級生の孝人の訃報が入ったからか、入る前からだったか。数日前のことなのに今やもう曖昧だ。

Spitzの「チェリー」の歌詞の意味をQAしているサイトに偶然辿りつき、そもそものマサムネ君の書く曲の傾向・意味やそれを聴く人が考える意味の議論の展開。そんなのにじっくりはまっていたり。

今日の達郎Liveでも、(最近はだいたいこれを語るMCが入るが)この歳になると仲間や友人・知人の訃報に接することが多くなり。例えば起きがけに昔のバンド仲間のひとりのこと、いまどうしてるかな、などと唐突に考えたら朝刊で同じバンド仲間の訃報を知るとか、そういった不思議な体験を通して生死観について考える話しがあったり。

孝人のことがあり、丁度彼の通夜の時間に開催されているこのコンサートでのいつもの調子のMCが、特に沁みこんでくる。

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今回も最高の選曲、最高の演奏、昔ながらのファンに敢えて歩調を合わせてくれる、絶対におもねることのない超定番・超最高の演出。
1階ほぼ最後列の一番左壁側通路に面する端の席。音の響きの少しの異質感はぬぐえないけれど、何せ左側が通路だけに立ったときに体を思い切り動かせるのは超利点。

今回は来月取り壊される「ニトリ文化ホール」(旧厚生年金会館)での、達郎の最後のLive。40年前、シュガーベイブでポプコンのゲストとして初めて飛行機に乗ってきてこの大きなホールで初めて演奏した。その最後の同じステージで演奏できる感慨を語る達郎に、こちらもしんみり。
あえて大声も出しながら、体を動かしながら、しかし、深いところでシーンと鎮まる心を自覚しながら、今宵もいつもの、いや少しお顔がふっくらした達郎を堪能しようとしていた。堪能していた。
「クリスマスイブ」から「希望という名の光」の流れではこみあげるものを抑えられず涙が溢れた。
(まあ、「希望という名の光」は自分でカラオケっていても泣いてる曲だからな・・・・)

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Let's Dance Babyのイントロで示し合わせたかのように静かに一斉に立ち上がる観客たち。このLive、達郎のLiveはこの瞬間を共有するために来続けているような気もする。偉大なるルーチンに自分も参加できている喜びを。

そしていつもの、そう、いつもの盛り上がりがあり、会場もどんどんどんどん乗ってくる。より強い一体感に包まれる。
最後の、カーテンコール、達郎の名残惜しそうな去り際のサヨナラの手振りまで。いつものまま。紅白より盤石で、安心させ、喜ばせてくれる「年中行事」もニトリ最後の今年はよりしみじみと感じる。

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今回も「ありがとう!」を大声で叫ぶことができた。
達郎にだったか、孝人に言ったのか・・・・。

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コメント

今年も安定感のある変わらなさで、たっぷり楽しませてもらえましたね。
知り合いの中には、最後の最後まで抽選に外れて行けなかったという人もいて、毎年欠かさず行けている事が、幸せな事なんだなと実感しました。

お友だちの訃報の直後のコンサートだったんですね。私もこの年になると友の訃報も時々やってきてやるせない気持ちになります。

でも、自分もいつかはあちらに行くのだし、この世にいる間はその人の分も元気に生きていって、あちらに行ったら色々報告しなくてはと思ったりしています。

良い夜を与えてくれた達郎氏に感謝。

投稿: こうめ | 2018.08.19 05:01

こうめさん、ありがとうございます。
考えてみれば、本当に、連続して行けているというのはありがたいことなんですね。
感謝、感謝。

そして、今回は直前に同級生の訃報が入っていたものですから、ちょっといつもと違う心持ちで臨みました。
しかし変わらぬ安定感、安心感。本当に毎度嬉しい、他にはない極上のLiveですよね。やっぱりまた行きたくなりました!

投稿: NAOMI | 2018.08.20 22:17

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