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2018.07.14

『羊と鋼の森』(宮下奈都)/文春文庫

7月14日(土曜日) 
『羊と鋼の森』(宮下奈都)/文春文庫 2016年本屋大賞受賞作品
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」

 主人公にして語り部の「外村」が、調律師の道を手探りで追求し成長していくこの物語。
『何度も読んで暗記してしまった原民喜の文章の一節、それ自体が美しくて口にするだけで気持ちが明るむ。僕が調律で目指すところを、これ以上よく言い表わしている言葉はないと思う。』
と彼は表現するのだが、この物語の中で何度となく出てくるこの引用文、実に奥が深い。深すぎる。

 ===

 自分の評価がとても高くなる小説というのは、心の中に強い波風を巻き起こし、気持ちが揺さぶられる、その瞬間、完全に自分がその物語の中にいる、そんな瞬間が必ずある。(そしてそれはその小説の中に1度あるとその後何度も出てくるのが常だ。)
 
 今回は作者の技巧的な才能への驚きと、ストーリーの中のエピソード自体での感動などがあった。

☆「技巧的」
 自然の描写、これは「川上健一」の右に出るものはいないと今でも思っているが、宮下奈都は自然の状態描写というよりは自然を見つめる、それを感受するひとの心理描写が秀逸だ。NAOMI自身が幼い頃からそこにある自然に対して感じたこと、しかし上手く表現できていなかったその感情を実に的確に、リアルに、文章で表現できている。そんな言い方があったのか!と。そしてその描写を、音楽の演奏やピアノの調律の場面などに重ね比喩的に用いる。
 だから、北海道の「森」を感じるのと同じように、大事なシーンでの登場人物の心の動き五感で感じとることができるのだ。
 これはある意味、川上健一の「雨鱒の川」などでも言えたが、田舎育ちでなければ、十分に堪能できない部分かも知れず、その意味では ここでもまた自らの田舎育ちの有難みを再認識したところだ。

☆エピソード
 「外村」が調律師として成長する過程を、調律に絡む現場でのいくつかのエピソードで組み立てている。ほぼみんな素敵なエピソードなのだが、中でも思わずグッと胸がつかえてしまったことがあった。ネタバレになるから多くは書けないが、依頼されて調律に行った一軒家での、暗い青年、酷く劣化したアップライトピアノ、その中に落ちていた色々なものに混じっていた少年の笑顔の写真。調律を終え、試し弾きした青年の「子犬のワルツ」、青年の表情の変化。
 この一連のエピソード、これだけでこの小説を選んだことに満足し、最大級の評価をしたい気分になれた。 

☆これも深い 
 登場人物のセリフとして比喩が多用され、「名セリフ」が多く出てくるのもこの小説の特徴。一々うーん、と唸ってしまうことしばしば。例えば、
「多くのものをあきらめてきたと思う。・・・・(中略)・・・・。たくさんのことを素通りしなければならなかった。でも、つらくはなかった。はじめから望んでいないものをいくら取りこぼしてもつらくはない。ほんとうにつらいのは、望んでいるのに、自分の手には入らないことだ。」

 冒頭に紹介した一節もしかり。『文体』を○○に置き換え、
「明るく静かに澄んで懐かしい○○、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている○○、夢のように美しいが現実のようにたしかな○○」
 として、様々な○○を想像し、納得したくなる。こんな風に思考回路に翼を与えられるような、素敵な物語だった。

 映画化されたらしいが、観るには少し、勇気が要る。

180715__

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