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2015.01.02

当番1日目・・・

1月2日(金曜日)
 正月、2・3・4日と当番に当てられている。

 過去にも何度か書いているが、休日当番は平時は出勤することはいらないのだが何かあれば必要に応じて職場へ駆けつけなければならない。

 30分程度で職場に到着できる範囲に居る必要があり、判断能力を保持していなければならないことから基本的にアルコールは×。(酒に強い弱いの個人差があるためこの辺は強く規定されてはいない) いわゆる連絡待機状態が24時間×3日間続く。

 この「当番制度」。入社時の雇用条件に盛り込まれているわけでもなく、各営業所の運用により決められているだけ。年間の当番表は担当者レベルで作って精々所長が見てOKする程度のものだ。
 当然、手当てなどは出ることもない。どちらかといえばボランティアに近い。

 ここで有権者に訴えたいのは、『そんなことはどうでもいいが、その割りに ことと次第によっては極めて大きな責任が圧し掛かる可能性がある・・・割に 国民にあまり知られていない制度となっている、という現状を理解してほしい』 ということなのであります。
(怒り新党風に)

 まあいいや。

 さて、有難いことに天候の劇的な悪化(数年に一度の暴風雪)の予報が、今のところどちらかといえば平穏に推移していて当たっていない。
 昨年末もそうだったが、函館近郊は比較的外れるのか。岩内勤務のときはそんな予報は大体きっちり当たってくれたが。
 これは長い目で見て良いようで、良くないかも知れない。繰り返された場合、いわゆる“オオカミが来た!”現象に陥りがちだからだ。

 ということで、

 年末から読み始めた『いそぶえ/谷村志穂(PHP出版)』を読了。
 (以下、読書感想文ながら「ネタバレ」含むため、まだ未読の方は飛ばしてください;;)

Img_1413
 結構な長編だった。考えさせられることも多い。
 志摩半島の漁村に育ち海女になることがさだめとなっているような少女と、伊勢神宮の伝統ある神社の跡取りの青年を中心に展開される運命の物語り・・・。

 このお話の肝(キモ)は、P407の文に印象的に記載されている、と自分は考えている。以下本文から引用。

 『孝子の決意なら、深いに違いなかった。海に潜る人の潔さなのか、そうと決めたら動かぬ強さを何度も見てきた。だから、愛した。孝子の内側の激しさと、まだ抱きもせぬうちに武雄は出会っていた。
 孝子からの手紙は、甘えでもかけ引きでもないとわかっていた。
 どれだけ好きでも、愛を超えてしまう運命がある。孝子は、おそらく自分と同じようにそれをわかっている。
 たとえ変えられぬ運命があったとしても、縁のあるものには繋がりがある。それを思って、人は祈る。
 寮の喧噪を背に、武雄はいつまでも遠い海を眺めていた。』

 谷村志穂作品では、以前ここでも感想文を書いた『海猫』。南茅部や函館が舞台だからという理由ばかりではないが、そのストーリーの切なさ度合いなどからも、これは個人的に10指に入るほどのお気に入りの作品だ。
(映画をDVDで鑑賞し、原作を読み終わるまで3回に渡って感想を綴っている。
 ・『海猫(下)』完読 
 ・今度は原作を読む 
 ・海猫(うみねこ) (映画感想)   )

 今回の『いそぶえ』も相当いいが、「愛を超えてしまう運命」への縛られ具合がなんとも儚く、納得しがたい思いがぬぐい切れないところで、自分としては『海猫』に及ばなかった。

 自己分析するに、たとえば敬愛する藤沢周平作品でも、名作『蝉しぐれ』が優れて高評価でありながら『海鳴り』には及ばない・・・・という事例がある。
 このことからも、共通した傾向として見られるのは、自分は“愛が運命を超えない”展開の作品より“最後には超えてしまう”という展開を期待していること、である と判る。

 自分の人生にもそれを期待していたのか!!!

 と、よくわからない決めコピーを記して、今回の書評(読書感想文)を終わります。
 サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ・・・・ ^^; 

            * * *

去年の1月2日 2014走り初め 

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