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2011.11.29

完璧な美のかたち

11月29日(火曜日)
 彫刻や絵画は、経年変化による風化はあるにしても、時間軸に対して線的面的に連続して存在し続ける不朽なもの。
 一方、音楽は瞬間瞬間で消え去り、時間軸に対して点的にしか存在しない。即ち記憶の中にしか存在していないもの。

 絵画鑑賞は、その対象である実物を前にじっくりと確認しつつ永遠に堪能できる。
 音楽鑑賞は、瞬間瞬間の余韻を自分の記憶の中で積み上げ、その過程を堪能し、最後は自分の解釈において今は無きものを再構築し、記憶で確認する。

 消え去る「音楽の粒子」。音楽が、そこに無くなる運命であることはある意味刹那的であり諸行無常、もののあはれ を体現している。だからこそ、一瞬の輝きが何者にも代えられない貴重な価値を持つ。自分だけで感じられる永遠の価値。

 そこに横たわる「偶像としての建築物」。決して消え去ることのない美の対象。その価値の薄さに耐えられない。最高級の美であっても実物が永遠にそこに存在していては、一瞬に消えゆく美にはかなうはずがない。それは完璧な美ではない。

 だから燃やしてしまおう。この、憧れの『金閣寺』を。

  ===

 三島由紀夫は、究極の美というものにこだわり、そこへ古典的和風な価値観を有していたのだという。その象徴として、小説『金閣寺』は描かれているのだそう。

          ☆ ☆ ☆

そんな話を、
ジャンク・ポッドキャスト「爆笑問題カウボーイ」のバックナンバーで、爆笑問題 太田光氏が喋っているのを最近聴きました。
 『金閣寺』を、恥ずかしながら読んだことがない自分ですが、この話に引き込まれました。「人妻枠」等でエロトークしているだけではない、彼の深い教養の一端を垣間見たところです。

 金閣寺はさておいても、芸術を時間軸を切り口として彫刻タイプと音楽タイプに分類するこの考え方は言われてみれば確かに、目から鱗ですね。
 三島の世界観ということではありますが、それをきちんと語れる太田氏はたいしたものだと思います。

 故立川談志師匠が一目置いていたのが何となく解ります。
 太田氏のこういった部分にあらためて触れるまでもなく、彼の生き方やネタに談志師匠さえもが惚れる片鱗は嗅ぎ取れるような気がします。それは、北野武氏と同じ臭いです。

 さて、「爆笑カウボーイ」の同じ回で、『エデンの東』についてのトークも1時間近くをかけて展開していました。これも必聴ものです。

          * * *

去年の11月29日 一面 白銀世界

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