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2011.05.01

『天空の蜂』再読

5月1日(日曜日)
 朝から晩まで雨。勢いはないながらも絶えず降り続いています。

 用足しの合間、震災後に再読始め少しずつ読んでいた『天空の蜂』(東野圭吾/講談社文庫)を読み、ついに読了しました。

 『天空の蜂』は2回目だというのにスリルにハラハラしながら。震災で原発問題が発生し、色々考えるようになっていることもあり、最初のとき(2009年8月12日の記事で詳しく感想など書いています。ただしネタバレ記事!)とはまた少し違った思いで読めました。1995年の作品ながら東野氏は直後の「もんじゅ」事故ばかりか、今回発生している様々な原発問題や事故そのものを具体的にきっちりと予言しているのが凄い。というか、自分が如何に不勉強・無関心だったかということを再認識した次第。

 この小説から、印象的な部分、主役級である二人の友人(原発技術者と航空技術者)の会話が示唆深いのでここに引用してご紹介します。

 「原発が大事故を起こしたら、関係のない人間も被害に遭う。いってみれば国全体が、原発という飛行機に乗っているようなものだ。搭乗券を買った覚えなんか、誰もないのにさ。だけどじつは、この飛行機を飛ばさないことだって不可能じゃないんだ。その意思さえあればな。ところがその意思が見えない。乗客たちの考えわからないんだ。一部の反対派を除いて殆どの人間は無言で座席に座っているだけだ。腰を浮かせようともしない。だから飛行機はやっぱり飛び続ける。そして飛ばす以上、俺たちにできることは、最善を尽くすことだけなんだ。たとえば湯原、おまえはどうだい。日本がこれからも原子力に頼っていくことに賛成か、反対か」

 「難しい質問だな。ずるいと言われるかもしれないが、原発はやむをえないが、事故は決して起きないようにしてもらいたいというのが正直な気持ちだな」

 「ずるいな。それは本当にずるい答えなんだよ。ほかに交通手段がないから飛行機に乗るが、絶対に事故をおこすなと言っているようなものなんだ。乗る以上は覚悟を決めてもらいたい。もちろん事故防止のため、我々はできるかぎりのことをする。だけどそれは絶対じゃない。予期しないことが起きるのは、今度の事件が最後とは限らないんだ」

          * * *

去年の5月1日 初体験 龍馬記念館
 ※へぇ~ こんな不思議な偶然もあるんだ・・・。一年前の5月1日の記事でも、まちセンで展示中の「非核平和資料展」に立ち寄ったことをきっかけに以前読んだ『天空の蜂』を引き合いに出しつつ、原発への思いなんかを語ってる。

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