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2010.10.03

感動。昭和の江差

10月3日(日曜日)
  午前中は風は非常に強いながら、まだ雨は降っていませんでした。
 長い距離を走りたい思いに駆られ、いつもの朝runコースを2周とちょっとで22キロばかり走ることに。
 ところが、一周目で自分の中のヘタレ虫が出てきて「止めようかな・・」。周回コースの悪いところが出かかりました。自宅が近づきさあ、止めようと思ったとたん、また急に走り足りない虫が頭をもたげ、そのままスルー。結果的には強風の中でしたが当初予定通り22キロを完走。めっちゃ、気持ち良かった~(^^)v 

          * * *

 夕方。雨降る中、函館市地域交流まちづくりセンター(まちセン)まで車を走らせ、9月29日の記事で紹介した「昭和の江差写真展」を見てきました。
 雨降り日曜の夕方、客もまばらな中、松村隆さんがホールにいらっしゃってすぐにこちらに気付いてくださり、色々とお話をうかがいながら、じっくりと昭和の江差を堪能させてもらいました。

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 松村さんは元々江差町柳崎(国道229号と227号の交点付近。昔は「ドバ」という土地の名前だった)の出で、そこはまさに亡き父のふるさと。いつかの町興し集会懇親会の酒席で、初対面の松村さんとそんな話しをさせていただくうちに、何と、親戚筋にあたることが発覚。そう言われると父の面影が松村さんに重なるところがあったり。
 そんなこんなで、懇意にさせていただいているのでした。

 私が生まれる2年前の昭和36年。五勝手あたりで祭りの山車(ヤマ)を曳く子供達や町民の活き活きとした姿。
 生まれた年昭和38年。活気ある浜のイカ割きの様子や、今は国道となっているところ、海に直接面している中歌町あたりの鰊番屋のたたずまい。浜から法華寺に上る雪の急坂。
 昭和40年代の民家玄関にたたずむ少女の姿・・・。

 潜在的な遠い記憶が脳味噌の奥から引っ張り出され、写真たちの新鮮さに胸を打たれます。あまりにも懐かしすぎて新鮮さを覚えるなど、そうは体験できないことかも知れません。遠い記憶が直接刺激されるという状況。それ自体、霊験あらたかな神秘的な体験のように感じられました。

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 最初は娘がBOOK OFFへ連れて行けというものだから、それを叶えながら、強引にまちセンへ連行し、娘にもそんな写真の数々を見せましたが、やはり、感動の「かの字」もない。大いにもどかしく、多少悲しく。(左写真は恐れ多くも写真展主催する松村さんに撮って頂いたものです;)
 松村さんと話すうち、やはりこれはこの町で生まれ育った母親に見て貰わねば、そんな使命感が出てきて、一度家まで戻って母親を連れて来ることにしました。

 松村さんは、今から戻って連れてくるのかと驚かれていましたが、即実行。
 予想通り、母親はそれはそれは懐かしがって、松村さんとも写真を見ながら具体的に細かい町名や地名を出して話し込んでいました。自分はそれを見てやっと満足。
 優れた芸術は、理解の仕方やイメージを共有できるひとと体験すると、余計にそれを堪能できるのだと思います。この場にもし亡くなった父が居れば・・・想いは尽きませんでした。

 そして、写真を見ながら、尺八で江差追分を演奏したいという強い気持ちに襲われましたが、そんな実力がまだ無いのが悔しい。
 颯爽と尺八を取り出して、むしろ、胸を張って「どうですか?」ぐらい言いながら松村さんや一般の観衆の方々に聴かせられたらどんなに素敵だろう・・・。夢見るおじさんになってました。あぁ、あと3年早く尺八始めてたなら、本当にそんなことも出来たかもしれないのになぁ。

 素晴らしい写真展。6日水曜日までというのが残念。でも、素敵な想い出は常設展示などでは「ありがたみ」がなくなりもったいないかな、なんて思ったりもしてます。目に見える形が 儚く無くなるのが、いいのかも知れません。

         * * *

去年の10月3日 港町ナイトビュー・コンサート
 ※私が函館山山頂クレモナホールで尺八やその師匠達と出会って今日で一年経ったようです。尺八は、今や自分にとってrunと同じで、人生にとっての大切な友達。ずっとずっと大切にしていきたい。そんな出逢い・繋がりをもたらしてくれた10月3日に乾杯!(^_^)

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