« 口腔外科での手術決定 | トップページ | ワックスキャンドルづくり »

2009.12.12

イザベラ・バード看板除幕

12月12日(土曜日)その2 
Pc125382  渡島管内森町には旧桟橋跡が残ってあり、その近くに記念碑が建っています。場所はJR森駅舎に向かって右側約3分ほど線路沿いに歩いたところにある民家との間の小さなスペースです。

 記念碑の横に、このたび、「イザベラ・バードが歩いた道」と題されたプレートを擁した案内看板が建立され、今日午後1時半から除幕式が行われるということで見学に行ってきました。 

Pc125377  函館を出発するときはザンザ降りだった雨、森町に近づくにつれ小降りになり、JR森駅横 商工会議所の駐車場に停めたときには青空も出てほぼ雨が上がり、13時半直前にはちょうど背景となる海の上に大きな虹が架かるなどまったくもって、大自然の粋な演出には感動させられました。 

 イザベラ・バード(『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋
 イザベラ・バード(Isabella Lucy Bird, 1831年10月15日 - 1904年10月7日)はイギリスの女性旅行家、紀行作家。明治時代の東北地方や北海道、関西などを旅行し、その旅行記 Unbeaten Tracks in Japan(邦題『日本奥地紀行』『バード 日本紀行』)を書いた。
===抜粋以上===

Pc125379  歴史の授業等でも習った記憶がなく、あまり知られていないのかも知れません。少なくともフランシスコ・ザビエルやペリー提督なんかよりはネームバリューがないかと思います。
 しかし、東北地方などでは研究家も比較的多いらしく、明治時代、当時の外国人の目を通した北日本の文化、北海道ではアイヌ文化などもいち早く書物で世界に紹介してくれた(唯一の出版物らしい)という意味でその功績は小さくはないようです。

Pc125378  明治時代、国道5号のはじまりはまだアスファルト舗装もされない、今で言えば小規模な林道程度の規格だった「札幌本道」でしたが、室蘭からは現在のように国道37号→国道5号という陸路ではなく、噴火湾を航路で渡り、この森町の桟橋が渡島の玄関口だったのです。そのころの森町(当時は村)は旅の客で大いに賑わっていたといいます。
 明治11(1878)年8月12日、イザベラ・バードさんは北日本旅行の中で函館を出発し、七重村、峠下村、じゅん菜沼を経て森村で一泊し、翌日この桟橋から室蘭を目指しました。その後、平取でアイヌの取材を行うに至ります。

Pc125380  こういった背景から、現在、観光振興に力を入れている森町と関係有志がこのたび、ゆかりの深いこの地、桟橋記念碑の横に案内看板を建立することになりました。 

 新聞記事の片隅に載るか載らないかの小さな活動ですが、一歩一歩こうした努力を重ねるごとに、ひとの意識が変わっていくことが大事です。小さな波紋はやがっておおきなうねりに成長します。とても良い場面に立ち会うことができて光栄でした。

|

« 口腔外科での手術決定 | トップページ | ワックスキャンドルづくり »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: イザベラ・バード看板除幕:

« 口腔外科での手術決定 | トップページ | ワックスキャンドルづくり »