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2009.03.08

高野寺納骨堂でお骨納め

3月8日(日曜日) 
 昨日までの警報が嘘のように晴れ渡って暖かい朝。低気圧が去ってまるで春がやってきたかのようです。
 午前中、BAYエリアまで往復RUN約12キロ。「BAYはこだて」のお堀、清掃等のため水抜きをしているという記事を「ハコダテ150」で見ていましたが、実際、今日初めて見てきました。確かに!こんな感じ→「最近の状況(写真
 いつもと違った見慣れぬ風景は新鮮なものですね。(お堀水抜きの経緯など

 RUNは晴れてはいても、もの凄い強風の中。海風吹きさらしの巴大橋では身体を向かい風方向へ斜めにしてやっと少しずつ進めるような状況。いい汗かきました。
   
          * * *

P3085001  午後、お寺さんの納骨堂へ骨納めに。注文後やっと納骨仏壇が納入となったのです。お墓に比べれば遥かに早い納品だったのではないでしょうか。
 13時半に出発する直前、テレビでは名古屋のマラソンで高橋尚子さんがラストRUNしてたので後ろ髪ひかれる思いも、不謹慎ながらありましたが・・。

 14時からということで予約していてすぐに僧侶(今回初めてお会いする方)がお経をあげてくれたのですが、正味20分程度で終わり何となく事務的で物足りなさを感じてしまいました。こんなものか~、という。
 
 以前坊さんが実家へ来たとき言っていた「お骨は形見としてのものでしかない。魂はお位牌に入っているもの」との言葉がずっと残っていて、その意味では、お墓代わりのこの納骨仏壇には何の価値(?)があるのだろうか。と考えたり。

 となれば、そもそもお墓って何?という議論になるのであまり深くは考えられないですが。家には位牌のある仏壇、お寺の納骨堂には納骨仏壇・・・。そして近頃では亡くなった人の魂は、「お墓の中なんかに居ない、眠ってなんかいない」という斬新な風潮もあり。
 「千の風になって」の大ヒット以来、実際、お墓の売り上げが激減したという話しもききましたしね~。

 要は残された者達の気持ちの問題だよなぁ。親戚連中への体面等だけでお墓代わりの何十万円もする納骨仏壇なんて要らなかったかもなぁ。なんて考えたり。複雑です。

          * * *

去年の3月8日 どうなん・追分シーニック 

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