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2008.11.02

おかえりなさい・・

11月2日(日曜日)~大晦日小樽メモから~
 深夜の受付。葬儀屋の電話番号を調べるため電話帳を病院から借りた。
 無機質なタイル張り、声が響く待機室の中、母が契約していた「ベルコ」の担当者は 朝でもいい という。
 このまま父を連れ帰っても寝かせるスペースがない。まずは二人で家に戻り一階にある和室のモノを黙々と二階へ上げてスペースを作る。それだけでもう朝の6時だ。

 動きの早い江差の親戚は既に到着。そのほかにも必要な方へ電話連絡。今となってはその時間帯何をどうしていたか細かいことは思い出せないが、時間だけはどんどん過ぎ。

 病院へ葬儀屋が来るのが10時。9時半には先に病院へ到着しておきたい。

 ベルコの担当者は男2、女1の計3名で時間通りにやってきた。
 安置していた別室で 木製のシンプルな棺桶 ベッドの横に付ける。

 父は穏やかな死に顔をしていた。
 手はお腹の上で組み、ガーゼで固定され、入院用のとても哀れな「つなぎ」姿から あらかじめ渡していた真新しい浴衣姿になっていた父。サッパリした「良い顔」をしている。

 生前、入院晩期は食事で嚥下がうまくいかず、苦しそうにむせた。少しずつ肺へ異物が入ることで肺炎を患っていた。
 そしていつもしかめたような辛そうな顔だった印象が強い。

 死んだことで こんな穏やかな顔になるなんて。
 人は死んで健康体へ戻る という幻想を人間が信じ込むことを否定などできない。
 「楽になったんだね」とそんな風に本気で思える「良い表情」を見せていた。

 葬儀屋の人の指示に従い、「せーの」でベッドから輸送用の棺へ父を移し替える。
 箱の中に入ると、死んだ人 の印象が強調され あらためて思い知る。
 エレベーターから裏口へ回った車に載せられ、父は自宅へ戻る。

 先回りして家で待っていた。
 到着した父へ
 「お帰りなさい。ずっと帰りたいと言ってた家にやっと帰れたね。おかえりなさい。」

 どこまで口に出したかは覚えていない。心からその言葉をかけながら、こみ上げる嗚咽を抑えるという初めての頑張り・努力をしなければならなかった。

 和室の北へ枕を向けた。布団に敷いた真新しいシーツ。父はそこへ横たわった。
 お線香など当面必要な調度品は全て葬儀屋がセットしてくれる。
 続々と訪れる弔問客。その間を縫って葬儀屋の担当長尾さんとの初めての本格的な打ち合わせが始まった。

 新聞広告の段取り、通夜と告別式の日取り、納棺師を招く時間。遠方に住む身内の到着を考え、明日3日は一日このまま家に置き仮通夜、そして通夜は明後日4日、告別式5日と決める。
  お寺さんをどうするか。もともと仏壇のない実家。今回初めて“お世話になる”宗派とお寺さんを決めることになる。そんな一生もの、いや、永代もの(?)のような大きな決め事をこの混乱のバタバタした中で、すぐに決めなければならないとは・・・。

 結果的には父方の先祖代々お世話になっている江差町の観音寺(真言宗)へまずはお願いすることにした。あとでわかるのだが、ここの現在の住職は故人の次男(私の弟)の高校の同級生とのことだ。

 葬儀会場。火葬場。死亡広告。
 初めて知ったことだが、死亡広告を新聞に出した瞬間から、本人名義の金融関連口座が全て凍結される。平日ならいいが、今回のように週末の場合、広告が新聞に載る前にまとまったお金を引き出すことができなくなってしまう。
 しかるべき手続きが完了するまでしばらくの日数を要する。その間、葬儀関連費用や生活費に至るまで、誰かに借金するしかなくなってしまうのだ。当然、口座引き落としとしている公共料金は放っておくと不払いとなりガス・電気・水道・電話・・・ストップされるため、事情を説明し、別途支払いに歩かなければならない。何と不合理なシステムだろう。

 葬儀のグレード。このくらいの平均的サラリーマン退職者の“身分”だとこのレベル、本人の着物、棺桶、祭壇。あらゆることに幾つかのグレードが設定されていて、そこから選んで細かく決めていく。
 会場の選定、チャーターバスの規模・台数、引き物の数。お手伝いは町内会のどの範囲、受付は、葬儀委員長は。

 遠来の親類の宿泊先の手配も必要。人数把握、宿泊日数、食事をどうするか・・・。

 事務的に意志決定すべき事項が津波のように押し寄せる。この波状攻撃によって、悲しみに暮れるヒマもない。故人を偲んでしんみりしている時間など全くないのだ。
 故人に最も身近なところにいる親類に悲しむ時間を与えないために、この一連の儀式が存在していると解釈すれば、これは実に合理的なシステムと考えることもできる。嘘か誠か、よくこんなモノを日本人は考え出したものだ。

 寝ていなかった48時間、恐らく仮眠もとらず続けたのは生涯初めてだろう。
 夜、家へ戻り家族へあらましを報告。
 二階の自室にいた娘を抱きしめた。
 「おじいちゃんの病院にいつも一緒に行ってくれてありがとうね。ありがとう、ありがとう・・・」
 娘を抱きしめ語りかけながら、涙がボロボロと出てきた。娘も泣いていた。

 自室に戻っても暫く涙が止まらない。感情の高ぶりに任せて嗚咽が収まるのを、待った。そしてそれ以降、もう泣かないことを決めた。父は泣くことなど望んでいないことは明らか、と信じたからだ。
 そしてこの日、寝かせてもらった。

          * * *

去年の11月2日 臨時掲示板 塚田君哀悼          

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