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2008.11.04

そして通夜会場へ

11月4日(火曜日)後半 ~大晦日小樽メモから~
 桔梗のベルコは2階のホールが会場だが、お年寄りや身体の不自由な方のためエレベーターが備えられている。
Pb0446851  会場へ入ると既に祭壇がセットされていて、思いの外の見事さに少し驚いた。BGMには『江差追分』のCDがエンドレスで流れている。父が好きでよく唸っていた江差追分。みんなで父を送る場に相応しいと考え、予め会場にお願いし渡しておいたのだ。なかなか静かな雰囲気にマッチしていい感じだ。

 供花もたくさん届いており、ここでの最初の仕事は供花の設置順番を決めることだった。
Pb044686  カタカナ名はあまりない中、ファイターズを辞めて約一年、このたび楽天へ入団したばかりの佐藤義則氏からのお花が届いていて、『楽天ゴールデンイーグルス 投手コーチ』の肩書きがとても目立っていた。 

 親族控え室は会場に隣接し広々とした畳敷き和室で、ここにもおにぎり、お菓子、珍味、飲み物がたくさん置いてある。これも町内会調達のおにぎり以外は、全て消費した分が葬儀屋の売り上げとなる。何ともはや・・のシステムである。

Pb0446881  時間が近づき、参列者が続々と詰めかける。とても懐かしい顔、意外な顔・・・。
 こんな時でなければ再会できない方々・・・。
 何故こんな悲しい状況でなければこのような「懐かし集会」が成立しないのか・・・、日本の文化というのは(外国はどうか知らないが)何とも不可思議なものだ。

 父は中学・小学の教員歴が長かった。転勤した先生方で、父の同僚が我ら子供達の教師だった という状況が作り出される。
 だから、父の職場の関係者として、懐かしい自分の先生達が今ここに現れてくれる。
 こんな関係は「教師の子供」の特権かも知れないということにあらためて気づいたり。

 式次第に則り、淡々と式は進む。3人の僧侶が長いお経を読み上げるが、ここは椅子席のためヒザ通や足の痺れに辟易することもないのが助かる。
 葬儀委員長の挨拶の場面で、母と私、妹、弟が前に並んで立つ。葬儀委員長は、こちらが事前にお渡しした決して短くない父の経歴メモをほぼ完璧に覚えていて、何のよどみもなく紹介して下さった。記憶力の良さ、しゃべりの巧さに驚愕して聴き入っていた。

 他人の葬儀に参加した際、親族が並んで葬儀委員長が挨拶する場面を見る。
 親族はいずれも下を向き、相当な悲しみにくれているのだろう。・・・と思っていた。
 いや、実際に悲しみに暮れているには違いないのだが。
 少なくとも自分はこの場面では既に悲しくて涙を堪えるという状況ではなかった。忙しさが悲しみをうち消していること、火葬段階である程度の気持ちの整理が出来ていることから、この期に及んで涙を堪えるということはない。

 自分の場合は、ただ真っ直ぐ顔を上げて会場を見渡すのもどうか、と思い、ひたすら下を向いているしか無かった。
 後で妹に聞いたら同じ事を考えていたらしい。

 こうして通夜が終わった。退席される参列者へのご挨拶でしばしの懐かし歓談。こういう時でなければできないので長くなりがちだが、人数が凄いため、名残惜しくも二言三言である。

 さてそろそろ終わりか・・・と思ったら、受付をお願いしていた町内会と父のもと同僚数人、てんてこ舞いしている。
 原因は、私の職場だった。その前で有り難くも職場から駆けつけてくれた上司・同僚・部下の代表数名がたむろしていた。
 香典の量が膨大過ぎ、領収書書きで大変なことになっていたのだ。
 うちの職場の慣例で、領収書へ肩書きまで丁寧に書くことはない、という留意事項を事前に説明することを怠ったために招いてしまった事態だった。
 来ていただいた職場の代表や、受付の方々に大変なご迷惑をおかけしてしまったことであった。

 その後、骨箱と一緒に帰宅となった。こうして父は骨としてしばし自宅へ戻ったのである。

          * * *

去年の11月4日 明るい笑顔が一杯

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