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2008.11.05

告別式 千の風に・・

11月5日(水曜日)~大晦日小樽メモから~
 故人の孫は8人いる。長男(私)の子が3人。長女の子が2人。次男の子が3人。一番上の高2から下が小4まで。
 昨夜、彼らがしきりに頑張った作業がある。
 明日の告別式で全員が一言ずつ、故人へお別れの言葉をかけてあげようということになった。
 それまでテレビやゲームに興じていた彼ら孫達は急な宿題に驚きつつも、少し嬉しそうに、おじいちゃんへのお別れの言葉を一人一人、考えてノートの切れ端に書きつづっていた。
 この時点ではちゃんと考えているんだか、テキトーなんだか我々もよくわかっていなかったのだが・・・。

 朝。実家前9時発のバスに、お骨と一緒に乗り込む。告別式は昨日と同じ桔梗ホールで10時から。

 道南の慣例から告別式はそれほど人数が来ないと踏んでいたが、思いの外また集まってくださった。
 この日は、また三人の僧侶がお経を上げてから、昨日は無かった出し物が。
 まず、友人代表のお別れの言葉。

 父の教育大学学生時代以来の友人。我ら家族も聞いたことのないような昔のエピソードなども披露された。父の青春時代をこんな場で垣間見ることができようとは。若かりし父の笑顔がまぶたの裏に浮かび、胸が熱くなった。これほど素敵な弔辞を聞いたことはかつてない。

 そして孫達8人が前に一列に並んだ。ちびから順番に、おじいちゃんへのお別れの言葉。メモを見ながら一生懸命話しかける姿がまた胸を打った。あれほど急な作業で作らせた文だったが、各々の持ち味が充分活かされた、どれも良い内容だった。

 このようなショー的要素は、前日の通夜よりも告別式の方が相当盛り込まれているため、通夜だけ出席の方はもったいなかったような気もした。

 その後の親族と運営を手伝って下さった町内会の皆さんとの昼食会。1階の小ホールで行われた。
 挨拶の場があると言われていて、少しだけ話すポイント・キーワードを考え、メモした紙を持ち歩いていたのだが式が終わってしまい、ああ。言わなくて良くなったのかなと思っていたら、挨拶の場はここだった。
 
 一番近い人たちの前で、お世話になったことを故人に成り代わって御礼するという趣向である。
 あのバイタリティの固まりだった父の晩期に触れ、脳梗塞からリハビリも怠りがちになり、最期は寝たきり状態のまま逝ってしまわざるをえなかったこと、さぞや無念だったと思われ。

 また、昨日、この冬の初雪がはらはらと舞った。
 この時期に父が逝ったことを、母がこれから始まる冬、雪道を毎日運転して父の入院する病院に通うことを気遣ったのではと解釈し、それを超人的に厳格だった父の優しい面の現れだったかも知れないとして挨拶に盛り込んだ。

 自分が一切涙を見せないこと、崩れないことの言い訳もさせてもらった。そんな息子を、あの父が望んでいるはずがない、として。
 しかし、それを言いながら、胸がつかえてきて、不覚にも一瞬だけ、ここで涙声を発してしまった。

 こうして、会食のあと、また骨箱と共に実家へ帰ってきた。
 まだ決まっていないが、最終的に安置されるのはお墓か、お寺か。いずれにせよ、それまではしばしこの家に居ることができるのだ。本人もやっと気持ちが収まったかも知れない。

 しかし、身体の不自由から解放された故人は言うかも知れない。
 「そんな骨の中に、私はいない。そんな骨の前でいつまでもメソメソするな。千の風になって、大空を駆けているのだ」
と。


          * * *

去年の11月5日 佐藤コーチ退任・・・ 

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