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2008.11.04

出棺、火葬場

11月4日(火曜日) 前半 ~大晦日小樽メモから~
 翌11月4日は18時から函館市桔梗のベルコホールで通夜。10時の出棺に合わせ、親族や故人の仲間、町内会のお手伝いの面々が最後のお別れに集まる。
 道南の風習として、通夜の前には故人を焼いてしまう。そのため、生身の故人に会えるのはこの場面が最後という人も多くなるのだ。

 狭い住宅地にバス大小2台入り、近い親類とともに、七飯町にある火葬場に向かう。  途中、国道5号沿いにある通夜会場へ寄り、ここからバスへ乗り込む人を拾いつつ。

 いわゆる焼き場は、近代的で新しくきれいだった。ここが本当に最期の別れの場。
 釜の前に安置された棺桶の中の父と最期のお別れ。ここまで来ればもう割り切るしかないのはわかっていても。

 ここでも母の別れの、心の言葉、「おとうさん・・・」で、自分の中にある全エネルギーを「泣き崩れ防御」へ充填して耐えるしかなかった。

 釜に入れられお骨になるのを待つ間は、比較的広く小綺麗な部屋で町内会の方々が作ってくださった炊き出しのおにぎりやお茶やお菓子やつまみ等を頂きながら、親戚達の談笑タイム。
 この場からは皆さん気持ちの整理をつけることができるのか、もはや泣いたり悲痛な表情を見せる者はおらず、さばさばしながら昔ばなしなどに花が咲く。

 注意しなければならないのは、この場のドリンクやお菓子類は消化された分だけ全て後で葬儀屋から請求がくること。
 町内会の炊き出し等とはきちんと分けて考える必要がある。
 そんなことも知らない親戚同士「さあさ、なんぼでも食べでけれや~」とやり合ってしまうと、これは葬儀屋の思うつぼなのだ。

 予め見積もりに反映できない(来場者とそのその消費度合いによって不確実なので)部分で葬儀屋の儲け所はまさにこういった場面のお菓子類や、通夜・告別式の香典返し+αの“おもたせ用包み”など。これらをどれだけ消費させるか!
なのである。
 自分もこの件は後々知ったため後の祭り。とは言え、予め知っていたとしても「あまり食うなっ」と言えない弱み。
 そんなこんなの体験から、葬儀屋丸儲けシステムの実情がだんだんと明らかになってくるのだった。

釜が終わる前に、隣の「No.2」釜にお世話になる別の方とご遺族がドヤドヤと来場され こちらと同様に事が始まった。
 こちらは先客として比較的客観的にその方々のご様子なども観察できた。

 そうこうしているうちに間もなく完了のサイン。
 焼けた後はごく当たり前だが骨だけ。骨は真っ白かと思えば、棺桶の蝶つがいなどに使われている金属(銅)の焼け色が移り薄いピンク色がかっている部分もある。

 まだ熱々の骨。これが父の骨。
 父と思えばシャレコウベでも頬ずりすることができる、と後で弟が言っていたが、自分もこのとき全く同じことを思っていた。
 ドクロを見ても恐ろしさや気持ち悪さなんて全く別世界のもので、むしろ愛しくて抱きしめたいくらいだった。

 箸を使って骨箱へ、参列者が順番に入れていく。細かなかけらもみんなで慈しむように箱へ入れきる。
 最後、大きな骨、そして頭蓋骨が残る。無理に入れるため、骨を潰さざるを得ないことを係りの方が遺族へ確認し、全て入って、終了。
 
 そのまま火葬場を後にし、バスで通夜の会場へ向かった。

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