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2008.09.17

人の記憶というもの

9月17日(水曜日) 

 <東野圭吾作品ネタばれ注意>

 悲しいこと、辛いことを全て詳細に記憶していて いつでも思い出すことが出来たら、思い出してしまったら、人は生きていくことがやりきれなくなるだろう。
 うまいことに、そういったネガティブな記憶はいち早く薄れていくものらしい。

 辛かった時代のことを思い出そうとしても、付随する楽しかったことや充実していたことが強く印象に残り、あの頃はよかった、、という思い出話をするようなことはままある。

 さらに。

 人の記憶は意図的に、或いは意図しないところで作り替えられることがあるという。
 記憶の中のある場面を自分の都合のいいように頭の中で改変し、それが真実だったと思い込む。始めは曖昧で、その場面の前後の流れと整合がとれないような部分も、やがては全体的にスムーズな流れになるように巧くすり替えられる。
 それは真実と虚偽の記憶の中間にあたかも自然なグラデーションを形成するかのように。あるいはあたかもモーフィング処理するかのように。

 犯罪者が、取り調べの中で「自分はやっていない」とウソをつき、ウソを重ねてシナリオを書き替えていくうちに、自分の中で、本当にやっていないというバージョンのストーリーが形成され、本当にやっていないと本気で思い込むことがあるという。
 あるいは子供の証言などにもこうした傾向が見られるらしい。

          * * *

 ある時代のあるエピソードに対し「こうだったらよかったのに」というバラ色の空想を抱かせ、それを電気的に読みとる。
 その空想部分を、脳内で記憶を司る箇所にある元々の正確なエピソード部分に電気的に埋め込んでやる。記憶の上書き。
 すると、前後の筋書きとの落差部分は、人間の習性によって勝手にグラデーション処理され、違和感無く、都合のいいバラ色の記憶だけが形成される。

 ・・・・しかし、よくまぁ、こんな素晴らしい発想が浮かぶよなぁ。東野圭吾。
 なんか、本当に実現しそうだから怖いような気もするが。

           * * *

去年の9月17日 今度は原作を読む 

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