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2008.04.25

文庫本から、世の中を想う

4月25日(金曜日)
『・・・私たちが、知らず知らず捨て置いてしまったものには、きっと尊い何かが秘められているはず。忘れ去られた物事のこと、もう一度、考えてみようと思う、夏の終わりの日曜日だった。』2000年9月8日

『・・彼女たちの就職先である会社は利益を追求する営利企業であり、自分がそのその組織または会社にどれほどの利益をもたらすことができるか、ずっと問われ続けるということ。自分を成長させることが目的では、会社は採用してくれないだろう。』2001年2月9日

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 出張の時間つぶしに、先日「BOOK OFF」で買った「ニュースキャスターの本音(草野満代/小学館)」という文庫本を読んでいる。

Kusano  草野キャスターはNHKで朝の顔としての実績を持ちながら97年フリーに。同年秋から2007年秋まではTBS「NEWS23」で活躍された。
 NHK時代から、自分としては好印象で、TBSに出演してからは少し砕けた感じも出して(ここは自分としては少し不満だったが)なかなか頑張っているな というイメージはあった。
 ネットで見ると自分と同じ2月生まれ水瓶座で、歳は4つ若いようだ。落ち着いていて、あまりそうは見えない。
 最近、「NEWS23」含め、民放の報道系番組はあまりまともに見ていないので「23」を辞めたことは知らなかったのであるが。

          * * *

 冒頭引用した『 』の部分はこの文庫本でアンダーラインを引いたところ。

 初めのほうは  「人生で素敵なのは、女と花とロマンス」ブエナ・ビスタ・・・・・・の公演に大感動  という編で彼女が締めに語っている言葉。
 ここで使われている本来の意味とは少し違うところもあるが、このセリフは夏の終わりの日曜に限らず、自分も折に触れて思うところと同じなので。

 便利さの追求とか、楽をするための欲求とか、そんなものに重きを置きすぎて刹那的になりすぎてはいないだろうか。
 エコとか、もったいないとか、耳障りの良い言葉がことさらに叫ばれるのは、本当は守るべきであるはずの貴重な精神性の危機、その裏返しであるような気が、最近ますますしてきている。

 二つ目のほうは  「認められたい」「生きている実感が欲しい」そんなんでいいの?女子アナの志望動機  という編での記述。
 アナウンサー志望の女子大生の話を聞きに行った草野氏が彼女らの志望動機に興味を抱きつつ失望気味に述べている。
 そして女子大生の志望動機に欠落していることの一つである上記視点を称して『テレビで仕事をする者としての生命線と言うべき点』とまで言い切っている。

 一見、もっとなことだな、と安易に同調してしまいそうになるが、これはやはり自分が以前から指摘している「日本の腐れジャーナリズム」の一端が垣間見られるセリフでもあることに気づかなければならない。
 報道が、一般の営利企業と同一線上のこうした意識(しかもそれが草野氏をして『生命線』と表現せしめるほど重要視されている!)を捨て去れない限り、真っ当なジャーナリズムは民放報道には期待できないということだ。

 また繰り返すが、スポンサーだよりの民放は視聴率至上主義でしか生きていけないしくみになっている。「会社に利益をもたらす」視聴率を稼ぐためにいかにセンセーショナルな報道をするか。「生命線」はそこにしか存在しない。
 視聴率を押し上げる圧倒的な全国のバカ視聴者がテレビにそれを期待する という世の中が変わらない限り、それは悲しいが、仕方のないことではある。

 ・・・と諦めて欲しくはないんだ!日本のジャーナリズム、しっかりしてくれよ!草野さん、したり顔してそんな情けないこと、本に書くなよ!!

          * * *

去年の4月25日 バル街Ⅶへ(その2)

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