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2005.07.11

e^(πi)+1=0

 「博士の愛した数式」(小川洋子)。 
 夜のピクニック(6月17日テーマ)に続く第2弾。「本屋大賞」の第2回受賞作品という宣伝文句についつい買って読み、大きな感慨を受けた”夜ピク”。となると第1回受賞作品はどんなだろう と思うのが人情。最初に読んだのが仮に第256回受賞だったとしたら こうはならないだろうとは思うが。

 ということで。
 夕焼けの光が射し込む薄暗い部屋に、ずーっと 静かで暖かい空気が流れ、ゆったりと穏やかな時間が淡々と過ぎていく・・・というイメージか。
 数学、数字、数式を題材にこれほど文学的な物語を書けるものなのか。数学やそこに深く関わって生きている者の中に文学よりも文学的で詩的な要素がこれほどまでに存在しているものなのか。
 それを見つけたのは作者なのか。作者が師から教わったものなのか。それとも数学の世界に生きる人たちにはこれがはごく普通の世界観なのか。
 そして、この技法で小説を書いてしまうというアイデアは作者自身のものなのだろうか。

 素数、虚数、フェルマーの最終定理、オイラーの公式(今日のBLOGタイトル)・・・こんなもの達にこれほど深い愛情をもって対峙し、それを無理を感じさせぬ形で表現できるとは 驚愕に感嘆を乗じて平方根で戻したような複雑な驚きを隠せない。
 いずれにせよ、数学の世界のなかに、こんな見方・感じ方があるということを四十数年生きてきて今回初めて知った。素敵な出来事だった。

 とはいえ、この作品が本屋大賞を受賞するとは意外。本屋の店員さん達はみんなそんなに数学に造詣が深いのだろうか。それとも私と同じで 未知なる世界へ開眼させてくれたことに対する感謝と感動の気持ちから結果的にこれを推すことになったという人が多かったのだろうか。或いは「タイガースの江夏豊」への一貫したこだわりが受けたか?

 ほかに、この作品を「よかった」と思うための条件としては、
 ①昭和40年代の下町庶民の暮らし的感覚・空気に安らぎを覚える感性がある。
 ②小難しい数学理論に対して、極わずかでも「好意」があったり、それに触れられることの「喜び」があったり、一部を理解できたことの「優越感(?)」があったり、そんな些細な感情を持てること。
 ③子供への深い深いいたわりの気持ちというものをリアルに理解できること。

の3つを最低限同時に備えていること と勝手に分析したのだが・・・
 しかし、ちょっと現代的に見方を変えると、パズル雑誌を舞台にバッサバッサとパズルを解いていくことに詩的な喜びを覚える、そんな感覚があれば案外この作品が好きになってしまうのかも知れない。

 自分の中では、子供と老人のほのぼのとした絡み(そう!老人の抱く徹底的な子供へのいたわりの気持ちは強く共感するところがあるのだ)とそれを優しく見つめる母の愛 という設定の部分で「博士の愛した数式」もかなり良い線行っているが、軍配は「夜のピクニック」かな。
 苦手意識の払拭できない数学より、たとえ辛くても耐久競技のほうがまだいい、というところか。
 
 少なくともうちの奥さんはこの手のモノは大好きそうだなー。
 「。~寝らか食いてっもで異なレス輪に来取る絵かドン子」 (^^)

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