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2005.02.10

シリーズ「日本語の使いかた」3

 今日はまた特に冷え込んで「えらい寒い」一日だった。やっぱり流氷接岸の影響はあるのかな。

  形容詞を連用修飾に用いる場合は副詞形となり「・・く」すなわち、例えば「えらく疲れた」や「すごく美味しい」という使い方が当然で、それが正しく、美しい日本語だと考えている。

 かたい入り方をしてしまったが、私は「すごい美味しい」という使い方には、違和感を通り越して不快感を抱く者である。この用法には「幼い」とか「つたない」という印象があり、いい大人であったりマスコミの中の人間などが使っているのを聞くと嫌悪感すら覚える。

 しかし、 「問題な日本語」(北原保雄 編)では、
「形容詞が『・・い』の形で連用修飾に用いられる場合があり、用法として理解できる」
と結論づけている。
 本になって出版されているからといって全てが正しいわけでもあるまいが、確かに、関西系では「えらい疲れた」「すごいおいしい」「えらいごついおっちゃんやな」のように日常で普通に副詞的に使われている。だから、私も関西人がこの言い方をしているのには違和感があまりない。

 ここからは個人的な思いこみの展開になるが、関西人以外の日本人が「すごいおいしい」という使い方をするのは、エセ関西弁の延長なのではないだろうか。
 関西弁は非常に強力で、関西の友人は絶対に他地域の方言は取り入れないが、関西以外の者はすぐに関西弁に染まる傾向が顕著であった。しかも中途半端なエセ関西弁。
 また最近は、東北から北海道の「いくべ」「食べるべ」という「・・べ」をあえて使う関東人(?)も見られる。
 その意味では、現代においては方言を一つのファッションとしてアクセント的な用い方をする人間が出てきている、と見ることができる。そして、「すごいおいしい」という使い方はその延長上にあるのではないかと思える。そして何も考えない若者などがその使い方に違和感なく馴染んでしまうケースが多いのではないか。

 私がこの使い方に不快感を覚えるのは、自分の土地柄以外の方言をファッションのように用いるこの文化全般に対する反発が根にあるからなのではないか、と分析できる。なぜそのこと自体に反発心があるのかまでは自分でもよくわからないが、「すごいおいしい」をエセ方言使いの象徴として捉える気持ちが自分のどこかにあるような気がする。
 そして、深く考えずにそれを取り入れてしまっている、「美しい日本語」に対峙する安易な彼らの姿勢に憤りを覚えているような気がするのである。
 だから、いい大人がそんなファッションに染まってどうする!という、そんな気がしてしまうのではないか、と考えられる。

 まあ、職場ですぐ近くにいる輩が使うのには耐えられないかも知れないが、どうでもいい他人が何をどう使おうが知ったこっちゃないのではあるが。 
 いずれにせよ、美しい日本語、そしてそれを守ろうとする気持ちの大切さを、後世に残していきたいものである。

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