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2004.10.02

「日本語の使い方」斬りっ!!

 言葉のイントネーションや言い回しというものには流行りすたりがある。そのことに敏感に気がつくようになったのは社会人になってからというのが正解なのか、そのくらいの時期から日本語が乱れはじめたのか。そう、たいていは生理的に馴染まず、どうも耳につくというケースが多い。

 古くは「語尾上がりイントネーション」。センテンス、というより読点ごとに語尾が上がる。同意を求めているわけでもないのにそういうふうに聞こえるし、しつこくやられると相手が威張っているように、あるいはいかにも自信がなさそうに感じられてくる(いちいち確認されているようにも聞こえるので)。一時の片山右京は酷かった。身内でこれをやりだしたときはビシッと言ってやり、速やかに是正させた。

 同意を求めるといえば「じゃないですか止め」。「○○じゃないですか」、とこれも一連の会話の中でしつこく聞かされると「じゃねーよ(おまえいつからそんなに偉くなったんだよ)」と返したくなってくる。もとは「○○ですよね」ぐらいだった。同じレベルの仲間内なら「○○じゃない?」と気軽に言い合うのは結構。それを増長させて目上の人にまで会話の流れの中に「・・・じゃないですか」を持ってくるのは明らかに用法を誤っている。例え論旨が正解だとしても、である。

 意外に多いのが「おられる誤用」。「おります」は謙譲語であり、オルは目上の人に対して低い姿勢で座っていることを示し、自分を卑下する心を現した言葉だ。「○○さん、おられますか?」は相手の立場でこちらにへりくだるという、本来あり得ない使用法なのだ。何故「いらっしゃいますか」と言えないのか。単なる無知と片付けられてもしかたがない。ただ、よく役人にいるが「おる」を語尾に単独で付ける(「・・しておるところです」等)と逆に尊大な物言いに聞こえるので注意が必要。(実はこれは自分も大野晋著「日本語練習帳」で勉強したネタなのだが)

 最近では、「・・・だから。」「・・・ですから。」といういわゆる波田陽区の使い方。猫も杓子もお笑いもアナウンサーも素人も使い出しているがこれも使い方が違っている。酒の席やOFFではいいが、フォーマルな使い方は「・・・なので」や「・・・ですので」となる。「そうではありませんので」と言えば控えめで相手を立てる意志が見えるが「そうではありませんから」とすればどんなに丁寧に言おうが冷たく突き放すイメージだ。大体、「そうじゃありませんから」なんて使い方は元々日本語にはないはずだ。「ありません」と言うからには謙譲すべき相手。謙譲しなければ「ない」となり、「そうじゃないから」となる。これは完全に上司が部下に言う言い回しである。やはり威張ったイメージだ。本来の「ですから」は接続詞としての「だから」の丁寧版であり、そのケースとは全然違う。

 一番腹が立つのは、公共の電波を使ってしゃべることを職業にしている方の中にもこの流行り病が伝染してしまう状況だ。流行を取り入れるのがステイタスの世界かも知れないが少なくとも彼らには、本当に安易に真似してほしくない。北海道ローカルのFMアナだとしても(アナではなくフリーのパーソナリティも)それなりの自覚と心根を持っていてほしい。

 日本語は変化・進化する、という議論もある。現に時代劇で聞く公家言葉、侍言葉など平安から現代に至るまで言い回しは変わっている。しかしそれとこれは別。進化ではなく明らかに日本語の誤用であり、乱れである。伝統は伝統として基本となる美しい日本語をいつまでも後生に残していきたい。

 ただ、絶対嫌で受け入れられないはずなのに、弾みで希に自分の口をついて出るときがある。全く自己嫌悪である。切腹!!

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